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全曲暗譜のツィクルス ~作曲家別全曲連続演奏会~
特定の作曲家の作品(交響曲全曲・ピアノソナタ全曲など)を連続して演奏する音楽会シリーズ を音楽用語で「ツィクルス」と呼ぶ。日本国内で初めてベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会を行ったピアニストは、20世紀を代表するピアニスト、ドイツの巨匠ヴィルヘルム・ケンプ。ケンプはイディル・ビレットの師。イディル・ビレットの唯一の弟子である田尻洋一は、ケンプの孫弟子。
1961年10月に来日したケンプは、文京公会堂(現・文京シビックホール)で、日本国内初 単独1人の演奏家によるベートーヴェンのピアノソナタ全32曲7夜連続(10日・12日・14日・16日・26日・27日・30日)集中演奏、しかもアンコールまで演奏するという歴史的偉業を成し遂げた。当時ケンプは66歳。この日本音楽界の一大イベントは大きな話題となり、NHKが当時最高の技術を駆使して録音を残した。
ベートーヴェンに限らず、ツィクルスを公開で行うことはピアニストにとっては長期間にわたり高い集中力と演奏技術の維持が求められ、自身の限界への大きな挑戦といえる。このような大規模な演奏シリーズ(ツィクルス)に取り組んでいる、または取り組んだ経験のあるピアニストを指す特別な言葉がある。それは「ツィクルス ピアニスト」。単なるコンサートシリーズとは異なり、その作曲家や作品群に対する深い理解と学究的な知識、卓越した演奏技術、長期間にわたる集中力、そして何よりピアノに対する尽きることのない情熱がなければ成し遂げることのできない偉業。
中村紘子はかつてピアニストという職業を山登りに例えた。「誰にでも初めの一歩を踏み出すことはできる。しかし、その頂上に辿り着くまで歩みを止めずに一歩一歩登り続け、頂上からの美しい景色を楽しむことができるのは、最後まで諦めずに努力を続けた者のみである。」ツィクルスピアニストとは、その高く厳しい山に挑み、過酷な日々を耐え、見事頂上を征服したピアニストを称える呼び名なのだ。
日本人ピアニストでは、2020年12月5日と6日の2日間で、横山幸雄がベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲を演奏したというニュースが多くのマスコミに取り上げられた。当時横山幸雄は49歳。仲道郁代は、2020年(ベートーヴェン生誕250年)~2027年(ベートーヴェン没後200年)にかけ8年がかりで8回に分け「Road to 2027」プロジェクトと銘打って何回目かのベートーヴェンのピアノソナタ・ツィクルスを進行中である。日本国内では、このように特定の1人の作曲家(ベートーヴェンのピアノソナタ・ショパンピアノ独奏曲等)のツィクルスに挑戦するだけで、注目を浴びる。簡単には成し遂げられない記録は確かに称賛に値する。彼らは間違いなく富士山の頂上に立っている。
だが、しかし、世界に目を向けると すでにエベレストの頂上を征服したピアニスト達がいる。例えばウラディーミル・アシュケナージ。現在88歳。20世紀後半を代表する傑出したピアニスト兼指揮者の1人。レパートリーは極めて広汎にわたり、クラシック音楽のスタンダードなピアノ曲の大部分を網羅しているといって過言でないと言われている。ラフマニノフの協奏曲全曲、モーツァルト及びベートーヴェンのピアノ協奏曲は弾き振りで全集を演奏している。マウリツィオ・ポリーニ。現代最高のピアニストの1人として活躍したが、2023年のリサイタルを最後に2024年82歳でこの世を去った。膨大なレパートリーは勿論のこと、その演奏の完成度の高さに「ミスター・パーフェクト」と呼ばれた。ベートーヴェンのピアノソナタの全曲録音になんと39年をかけたにもかかわらず、2021年からも新規の再録音を敢行し、世間を驚かせた。

さて田尻洋一は?
田尻洋一はツィクルスを何度も成しとげてきた。しかも演奏は全て暗譜。ピアノの譜面台は取り外して演奏する。作曲家一人の一つのテーマのツィクルスを完結するだけでも相当な集中力と記憶力、そして強靭な精神が必要とされるのに、田尻洋一はなんと何人もの作曲家の公開全曲連続演奏を繰り返し敢行し、全て完遂した。しかも短期間で。その数はまさしく驚嘆に値する。
まとめると、田尻洋一のツィクルス・全曲連続公開演奏は、1996年から2020年の24年間に主なものだけでもなんと計21シリーズ。
・ベートーヴェンのピアノソナタ全32曲を6度(初回当時33歳/41歳/46歳/53歳/57歳/60歳)
・シューマンのピアノ作品全曲を2度(34歳/49歳)
・モーツァルトのピアノソナタ全18曲を4度(34歳/47歳/59歳/61歳)
・ブラームスのピアノ作品全曲を2度(35歳/50歳)
・シューベルトのピアノソナタ13曲全曲を2度(36歳/51歳)
・ショパンの24前奏曲+24練習曲全曲を2度(33歳/43歳)
・ショパンのピアノ独奏曲全曲を2度(59歳/61歳)
・リストの超絶技巧練習曲全12曲を一日で演奏を2度(43歳/47歳)
これだけのツィクルスを完遂してきた田尻洋一が生きる世界は、もちろん 海を越えた世界だ。若い頃からその眼差しは常に世界に向いていた。
「ピアニストを仕事としているからには、これくらい当たり前。1000曲、2000曲 弾けて当然。プロとして、普通にただ呼吸しているのと同じだ。何ら驚くことはない。」田尻は続ける。「プロのピアニストを名乗るからには、初めてのお客様のリクエストをすぐその場で弾けることなどは当然だ。どんな難曲でも、一日だけお時間をください、と言うことすら恥ずかしい。」田尻本人はそう言うが、これだけのピアニストとしてのキャリアは、音楽専門家やマスコミから高く評価されてきた。イディル・ビレットはこんな素晴らしいただ1人の弟子を、さぞ誇りに思っているのではないか?そう尋ねると、田尻洋一は、にこりともせずにこう言った。「ビレから褒められたことなど一度もない。彼女が褒めるわけもない。」天才ピアニストと呼ばれるイディル・ビレットにとっては、このレベルは取り立てて騒ぐことではないということか。彼女と彼女の唯一の弟子が考えているプロフェッショナルとは? その途方もないレベルの高さに今の若いピアニスト達や最近の日本のクラシック音楽界はついていけるだろうか。試されているのは我々聴き手。
田尻洋一のこの偉業はマスコミからも高い評価を得ている。
・『注目の若きピアニスト!全曲演奏のスペシャリスト』David Gregson(音楽評論家) San Diego Magazine
・『常に追い求めるチャレンジ精神とともに、レパートリーの広さや困難を感じさせない技術で聴衆を魅了している。』
(1996年のベートーヴェン全曲演奏会によせて)日本経済新聞
・『日本では数少ない、全曲演奏会への挑戦の序章』(1997年のシューマン全曲演奏会によせて)サンケイ新聞
・『こんな大仕事に挑むピアニストに敬服する』(1997年のシューマン全曲演奏会によせて)ショパン誌
・『全曲演奏を次々に成し遂げる精力的な演奏活動』(1998年のブラームス全曲演奏会によせて)毎日新聞
・『各曲に標題、ドラマ仕立て~想像の世界に聴衆導く。第1番から第24番までシューベルトの歌曲集のように、全体でひとつの物語を紡ぐ』(2002.4.13 ショパン24の前奏曲集によせて) 日本経済新聞
しかし、田尻洋一の偉業はこれだけではない。ここからがさらに凄い。これはほんの一部。

管弦楽曲・ピアノ協奏曲のオリジナルピアノソロ編曲
田尻洋一は10歳から作曲を始めた。学生時代には本格的に作曲の勉強にも取り組み、2005年には自作曲のみの自演コンサートも行っている。そんな作曲家でもある田尻洋一だからこそ、こんな驚異的なパフォーマンスを思いつき、実行してしまうのだ。
管弦楽曲やピアノ協奏曲のオリジナルピアノソロ編曲を始めたきっかけを田尻洋一に尋ねると、答えは明瞭かつシンプル。「ピアノ独奏曲はすべて弾いてしまったから。」「お客様に新しい何かを楽しんでもらいたかったから。」生演奏にこだわり続け、膨大なレパートリーをコンサートで数多く弾きこなしてきた田尻洋一ならではの発想だ。
2000年よりコンサートのプログラムに取り入れ始めた管弦楽曲のオリジナルピアノソロ編曲のジャンルでは、「プラハ」「第九」「運命」「田園」「英雄」「未完成」「新世界」「悲愴」などを含め、2012年にはベートーヴェンの9交響曲全曲、2019年にはブラームスの4交響曲全曲公開生演奏を完遂。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」をはじめ、モーツァルト、シューマン、ブラームス、ショパン、グリーグ、サン=サーンスなどのピアノ協奏曲のソロ編曲版も演奏。オペラ序曲、アリア、室内楽曲、歌曲作品に至るまで数多くの作品をオリジナルピアノソロ編曲版で公開生演奏し、今も観客を楽しませている。
2025年8月2日 あずみ野コンサートホールで開かれた「田尻洋一ピアノリサイタル」では、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ短調kv488が田尻洋一編曲で ピアノ1台で演奏された。その日、この曲の演奏を目当てに東京から安曇野まで訪れていた、日本を代表する著名なモーツァルト研究家は、「素晴らしいという噂は聞いていたが、本当に素晴らしくて感動した。モーツァルトの魂がまさに宿っている。モーツァルトのコンチェルト23番の素晴らしいところが、一つももれることなくピアノ1台で表現されている。」そう称賛した。会場は興奮でブラーボと拍手の嵐だった。
交響曲でも協奏曲でも、自身の編曲の演奏の際にピアノの譜面台に楽譜を持ち込むことはない。そもそも演奏会では譜面台は取り外してしまう。どうして楽譜も無しに、30分以上の、長いものでは50分近い演奏ができるのか、そう田尻洋一に尋ねてみた。答えはシンプル。「オーケストラのフルスコアが全部頭に入っているから。」そう、さらっと笑顔で答えた。
即興性を重視したライブこそが音楽の真髄と語り、長年 生演奏にこだわり続けてきた田尻洋一だが、コロナ禍では演奏活動の休止を余儀なくされた。田尻洋一の演奏会に足を運ぶ機会を失ってしまった多くのファンからの強い要望に応え、2020年初めてCDを作った。2011年・2012年の伊丹でのライブが音源となっているベートーヴェン交響曲(田尻編)。録音においても田尻洋一のこだわりの姿勢はかわることはなく、スタジオで何度も演奏した音源から出来の良いテイクのみをつなぐという手法とは無縁である。2020年7月、兵庫県立文化センターにおいて、無観客ライブで録音されたゴルトベルク変奏曲を含む4枚のみが発売され、「ついにベールを脱いだ!孤高のピアニスト」と話題を呼び、高い評価を得た。
『魂の鼓動をベートーヴェンが表現すると、まるで地球が地響きをたてて踊り狂うような、強力なエネルギーを感じさせる音楽になります。7番のシンフォニーは、とてつもない熱量を放射する作品で、演奏していてもどんどんエネルギーが湧き出てくる感覚があります』。 (田尻洋一・ライナーノートより)
特集 “パッションあふれるデビューCD!ベートーヴェン交響曲第7番”
今回は録音用に演奏したのではなく、何百とあるライヴ録音の中から選びました」「極限まで指を使って総譜の音を拾っていくこともできます。でも演奏する側、そしておそらく聴いている側にとっても、ベートーヴェンの魂というか心というものを表現することが大切です」「自分で演奏した楽譜も残していませんので、おそらく同じようには二度と弾けません」レコード芸術(2020年12月号)
『交響曲の中の各声部がそれぞれの色を持って聞こえる。フレーズは弦楽器のように歌い、和音は管楽器のように響き、そしてピアノの美しい音色でもある。あたかもピアノソナタのようでありながら、まさに交響曲である』
(2020.12.8 CD発売に際して)毎日新聞 特薦盤
独自のアレンジで生み出すベートーヴェンの交響曲
作品が内包する熱量を最大限に発揮させ、客席とステージが一体となる“熱いライブ演奏”にこだわり、あえてセッション録音によるCDのリリースを避けてきた田尻だが、近年は過去のライブ録音のリマスターCDや、無観客ライブ録音によるバッハの『ゴルトベルク変奏曲』などをリリースし、音楽専門誌や新聞などで高く評価されている。
田尻は自身の編曲を楽譜に記すことはしない。もちろん、オーケストラ・スコアは暗譜し、演奏の方向性は事前に組み立てるものの、細部については演奏会場の響きやピアノの状態などに応じて最良のものに変化させていく。いわば即興的な要素が強い演奏だが、あくまで原曲に最大のリスペクトを持ち、その骨格を正確にトレースする中で、音の厚みやテンポなどを自在に変化させていく。日頃、私たちが聴き慣れているオーケストラの名曲が、たった一人のピアニストによって再現された瞬間、そこには新鮮な驚きと感動が生まれる。
今回リリースされる2枚のCD、ベートーヴェンの巨大な作品に注ぐ田尻の眼差しは、熱く、深い。
取材・文:長井進之介(ぶらあぼ2022年5月号より)

国際派
田尻洋一の演奏活動は日本国内だけにとどまらない。
2010年はアメリカ、2011年からは毎年2回のペースで欧州リサイタル公演に招聘されており、今も国外での活動の場を広げている。2014年は日本スイス国交樹立150年記念リサイタルに2度招かれた。
2025年も11月から12月にかけて、スイスに招かれた。演奏家にとって、海外から求められ続けることは特別なことである。滞在中は3都市4公演をこなした。クラシック音楽の本場ヨーロッパのセレブが集まる歴史あるホール。まるで200年前にタイムスリップしたかのような教会のホール。美しい湖や絵画のような街並み。毎夜タキシードにホワイトタイでドレスアップしてディナーを楽しむ最高級レストラン。甘い香りに誘われて立ち寄るおしゃれなチョコレート専門店。そのすべてが、毎年田尻洋一をあたたかく迎えてくれる。
若い頃には、20世紀を代表する巨匠と呼ばれる音楽家の自宅に招かれることもたびたびあった。コルトーが愛用していたピアノが置いてある部屋。ケンプのスナップ写真がさり気なく置いてあるキャビネット。巨匠のレコーディングに同行したこともある。日常の何気ない一瞬や風景が、まるで夢のようだった。彼らの集まるパーティで、「ヨ―イチ、あれを弾きなさい。」と先生であるイディル・ビレットに突然言われ、ドキドキしながら演奏したことも今となれば懐かしい想い出だ。「あの頃出会った巨匠のマネージャーたちは、みんなクラシック音楽の知識が驚くほど豊富だった。音楽のことは何でも知っていたし、わかっていた。そんなマネージャーは、今の日本にはいない。」「自分以上にクラシック音楽に精通し、クラシック音楽を理解しているマネージャー、日本でそんな人物と出会うことはこれからもおそらくないだろう。」田尻洋一は遠くを見つめるようにそう語った。
田尻洋一は、国際ピアノコンクール審査員(1999年スペイン・ハエン、2016年ルーマニア・ブカレスト)を歴任した。
スタインウェイハンブルク本社よりスタインウェイアーティストの称号を授与されている。

ライブ演奏の魅力
2025年12月、原宿にあるカーサ・モーツァルトのホールで40人ほどのプライベートな演奏会が行われた。カーサ・モーツァルトのオーナーはモーツアルトに関連した美術品や楽譜、レコードなどの世界屈指のコレクターで、そこは世界中のモーツアルト研究家やモーツァルトファンにとっての聖地としても有名である。ボストンシンフォニーの楽団員たちが来日した際にも、このホールで演奏した。その日の会は田尻洋一のファンが企画し、そこに集まった田尻洋一をまだ知らないゲストに その素晴らしい正統派の演奏をじっくりと味わってもらった。演奏の合間には田尻の軽妙なトークで作曲家や曲の紹介があり、時々笑い声も飛び交う中 興味を惹かれる話題と話術にゲストはみな引き込まれた。田尻はオーナーのリクエストに応え、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番(田尻編)も演奏し、会場は感動の渦に包まれた。演奏会後の懇親会では、その場にいた皆が田尻の気さくで明るく親しみやすい性格に引き寄せられ、ピアニストとしてだけではなく、一人の人間としての田尻洋一の魅力のとりこになった。田尻は 和やかな空気のなか、サインや写真等、一人一人のゲストのリクエストに快く笑顔で応えた。演奏者とゲストが一体となって、素晴らしい音楽を共有し、その感動をともに味わう。同じ時間と空間をともに過ごし、ともに素晴らしい想い出を作る。音楽とはそのものが人生の時間の一コマであり、感動であり、記憶であり、未来への希望である。そしてそんな音楽の贈り物を直接届けてくれる田尻洋一のピアノ演奏会。決して楽しいことばかりではない、時には辛くさびしい毎日の生活の中で、田尻の優しいピアノの音は人生の一瞬に安らぎを運んでくれることだろう。深い森の漆黒の闇にひとり迷い込んだとき、夜空を見上げると聴こえてくる美しい音のかけら。そこに光が在る。田尻洋一は、そんな星である。



スイスでの演奏会


